錯覚ならば苦しむか楽しむか
むかし、恋する乙女時期の私に、「恋は勘違いなんだよ」と、教えてくれた大人な人がいました。
え?え?どういう意味?
どういうこと?
質問してもその方は、「恋は、勘違いなんだ」しか、言わない。
それ以上、私も聞かない。。。
でも、ずっとずっと、その言葉が忘れずにいました。
ことあるごとにその言葉を思い出し、考えたんです。
私は何年もかかって、「恋は錯覚」の深い意味を知りました。
実際、言葉で真理を説明することは不可能です。
なので気になることがあれば、追求しなくても、その時期が来れば、自分の身体の中に自然に落ちてきます。
般若心経では、この世は全て空(くう)だ、と諭します。
凡人にはまったく意味が分かりませんが、でも、その空こそが、悟りの一言です。
恋が、苦しくも悲しくも嬉しくもなくなる瞬間です。
私たちは結構、意味もないことで悩んで貴重な時間を潰しているということがわかります。
まずは般若心経の空の世界観を感じ取って見てください。
空の世界は「仮想現実」の世界です。
空の真理を知れば、恋愛が錯覚であることが理解できますし、
恋愛で苦しむ必要もなくなります。
だって、錯覚(勘違い)なのですから。
夢で苦しむ必要はないということです。
私たちが恋して期待して依存している相手は、
そんな人はそもそも居ないのです。
居ない人に恋愛をしている(つもり)になっているだけです。
存在しない相手に期待しても応えてくれるはずはありませんし、
期待した通りにならないから苦しいということであって、
恋愛はそもそも苦しいものと、最初から決まっているということになります。
ならば逆手にとって、どうせ仮想現実ならば、いま目の前にいるその勘違いな相手ととことん楽しんじゃえばよいのです。
期待しなければ苦しくないわけですから、
ただ楽しめば良いだけです。
その仮想現実に居る大好きな想像の相手と、
「恋愛という仮想現実」を。

この世の現象は全て「仮想現実」だと知ることが悟りです。
恋は錯覚だと私に言ったあの方は、一種の悟りを私に教えてくれたのかな~って、
思ってしまいます。







