時間というものは不思議です。
時を刻むということは宇宙の概念ではないからです。
宇宙の中に存在する人間が「時間」という概念を作り出している。

たとえば、
過去は記憶でしかありません。
未来は実体がありません。予測のイメージとなります。
それらは人間が脳で解釈している「図(?)」であって、
時を刻んでいるとすれば、それは今この瞬間のみになります。
刹那という瞬間の中の一瞬です。
そして私たちは物を見て認識するまでに数秒の時間を要しています。
つまり、目の前の物を見てそれを脳が認識し、把握するまでにはある程度の時が過ぎていて、
すでにその時点で周りの空間は移動していて(動いていて)、
認識した瞬間にはもう目の前のものは見た瞬間とは実体が違っているのです。
私たちは数秒遅れで過去の物を見ていることに成ります。
目の前の「今」は、数秒前の「過去」になります。
でも、その「過去」という概念もまた、宇宙からみたら実体がなく、
既に終了してしまっていることになり、
世の中は常に動いていて、一瞬の間にも、もう前とは違うのです。
「時間」という考えは宇宙や神様の領域では全く異なる概念になり、
私たちが感じている何十年、何百年、何万年という時の流れは、天から見たらたった一瞬のことです。
時間の概念の違い|セミの一生は80年
以前の記事で書いた「未来⇔過去」という時間の概念も一説です。
どれが本当でどれが間違いかは分かりません。
物理学者の方々がそれを実証しようと研究しています。
私たちはその検証結果を楽しみに待つだけですが、
果たして低次元の私たちが高次元の世界を物理的に証明することができるのでしょうか。
私が感じているスピリチュアルの世界の高次元だって、
実際何かで立証されているものではありません。
でも、そこに何かがある、という仮説という立場では、
学者の先生方が称えているものと変わりはないと思っているのです。
お釈迦様が唱えた色即是空という概念を何十年も意識してきました。
物事には「実体がない」という概念ですが未だに理解不可能です。
悟りの境地は、生きてる人間には頭で理解しようなんていうことは、
残念ながら、所詮無理なのでしょうか。








