チャネリングとは
今日は高次元へのアクセス、チャネリングについてお話です。
チャネリングは高次元エネルギーと融合して、あちらの世界の智慧や有益情報などを頂戴します。
ハイヤーセルフと繋がることは誰でもできます。
慣れてくると、今度は自分のハイヤーセルフだけではなく、天界のあらゆる霊たちにコンタクトを取ることができます。
例えば自分の好きな歴史上の人物だったり、
タイムマシンがあったら過去に戻って坂本龍馬に会って話をしたいな~とか、誰でも一度はそのように想ったりしますよね。
私は自分流のやり方ですが何度かそれを試みています。
今までコンタクトした(霊エネルギーです)
・聖徳太子
・お釈迦様
・織田信長
・松田優作
・田中角栄
・前世の自分
・未来と過去の自分
・先祖
制限がかかった3次元世界(物質世界)では、亡くなった人とのコンタクトは不可能です。
霊体は存在していても、それを見たり聞いたりする感覚器官が高次元では効かないからです。
どのようにしたら霊界とコンタクトが出来るのでしょうか
スピリチュアルとは「霊界通信」のことです![]()
今はスピリチュアルブームで多くの人がその世界に興味を持つようになりましたが、実際、霊界とコンタクトを取ると言うことは非常に危険なこともあります。
リスクを知らず興味だけでその世界に踏み込むことはお勧めしません。
それはとても危険です。
ここでは詳しくコンタクト方法は公開できませんが、通信した様子などをご紹介したいと思います。
(※きちんと霊界コンタクトをしたい方はスピリチュアル講座をご受講下さい。ちゃんとリスクや危険なことも学びながら、それに対する防御法、浄霊法、霊界通信の方法を学べます)
チャネリングしてみる
物質世界では不可能な霊界通信ですが、それを可能にするには自身のエネルギー波動を天界に合わせて行く(チャネリングといいます)ことが大切です。
それは瞑想の中で行なわれることが多いですが、単に瞑想しているだけではなかなかチャネリングできません。
これは毎日の訓練とチャネリングのやり方を知ることが重要になってきます。
人間の波動はとても低いです。いきなり天界と繋がろうと思っても到底無理でしょう。
やはり毎日毎日くじけず諦めずコンタクトを試みる努力が必要です。
※霊界には良い霊ばかりではなく、悪い霊も存在します。やみくもに行なっては危険ですのでご注意下さい。行う場合は自己責任の上で取り行ってください。
繋がるようになってきたな、と感じたら、霊界に居るであろう自分の好きな人を呼びます。
その方の姿が必ず見えるわけではありませんが、エネルギー波動を強く感じられる場合があります。
そして質問を投げかけると答えが瞬時に返ってきます。
天界は「言語」を用いませんので、返事は瞬時にインスピレーションで返ってきます。テレパシーと言われるものだと思います。
人間の言語を期待しても残念ながらそのような形では返してくれません。
どちらかと言うと英語に近い気もしますが、言葉という概念ではなく「思念のかたまり」みたいなエネルギー波動で送られてきます。
そして返ってきたテレパシーが脳内変換されて自分で日本語に置き換えるということが出来ます。
その場合、日本語に変換している間にはもう彼らの言葉は忘れてしまいます。
よくメモしておこうと思って文字を書いている間に忘れて行ってしまう、という感じです。
ですので彼らからメッセージテレパシーが降りて来た時は、あえてメモをせず魂に焼き付けておく方が記憶に残ります。
織田信長チャレンジ
それでは私が以前、織田信長と会話を楽しんだ時のエピソードをご紹介します。

これはあくまでも個人のチャネリングエピソードですので、史実と相違することは当然あります。また、内容が本当に歴史上の人物の返答なのかどうかは実証できかねますので、これら記事は個人でお楽しみ頂くだけに留めおき下さい![]()
織田信長にコンタクト
以前、お客様と歴史の話題が上がり、それから織田信長に興味を持ってしまいましたのでコンタクトを試みてみました。
(実はこのところ何故かお客様との会話で織田信長が出て来ることが多く、これは信長さんに呼ばれてるなと感じていました)
私は織田信長についてはあまり詳しくなく、特に戦国時代は苦手な時代ですのでほとんど知りません。
織田信長は本能寺で明智光秀に謀反された、ということくらいしか知りません。破天荒な人で恐ろしい人だったというイメージくらいはありますが、明智光秀と言う人も「家来だった」くらいしか知りません。それだけの前情報でチャネリングをしてみたので史実とは違うと思います。
コンタクトしてみて、織田信長はとても優しいエネルギーを持った人でした。
想像していたような鬼のような怖い感じではありませんでした。
私は霊体とコンタクトする時はその人のエネルギーを視て行きます。顔の表情とか身体の大きさみたいな物質的な情報は見ません。(見えません)
信長さんのエネルギーを視た時は拍子抜けしました。穏やかで落ち着いている感じを受けたからです。
ですが、エネルギーの濃さはかなり強いものを感じました。
そして彼のエネルギーカラーは「金朱色」でした。黄金のように輝いた朱色です。
信長さんの第一印象は、
え、思ったよりいい人じゃない
という感じです。
ちなみに、
こちらの思念は瞬時に相手に届きますので、失礼な発言や考えは取り消すことは出来ません![]()
怖い人だと想像していたので失礼のないようにと注意していましたが、霊界とのコンタクトはそのような表面的な取り計らいは通用しません。
こちらの魂の素性は瞬時にバレますので、いい子ぶってもバレバレです
相手もこちらをちゃんと視ています。
明智光秀が本当に信長さんに謀反したのかということが一番聞きたかったことなんですが、これに関しては歴史通りだ、という感じでした。
ただ、そこには後世の人々の思慮や思惑が入り込んでいるので歴史に語られていることは完全に忠実ではないらしいのです。
当時の時代背景や人々の心の内に秘めたる想いまでもが確実に語られているわけではないので、空想的な世界で描写されている部分も多々あるようなのです。
明智光秀が単独で行なった事件ではなく、それまでにいろいろな細かいことが積み重なって、その流れの中で起こってしまった悲劇だという感想です。
では黒幕がいたのか!?ということなんですが、これはハッキリとした明確な返事が返ってこなくて(にごされている感じ?)、ただその時代は本当に多くの人々が相互に絡み合って人間関係を形成していたので、明智光秀の単独ではなく背景には多くの人の息がかかっていたというニュアンスです。
明智光秀はその中の代表者という立ち位置だったのですが、彼自身もまた他の誰かに裏切られてしまっているのではないかと感じます。
それよりも私が特に印象的だったのは、信長さんが明智光秀に謀反されたことをあまり執念深く思っておらず、来るべき時が来たという潔い武士魂でその瞬間を迎えていたということです。
個人的には「え、なんで?信頼する家来にまさか謀反されて殺されるなんてあり得ない屈辱だし無礼だし許せない行為だし死んでも恨みを持ってるのではなかったのか」
と思ってましたが意外とそうではなかったんです。
出来た人だなぁ、と感心したのですが、実はそうでもないんです。
以下、信長から来た思念のエネルギーを記してみました。
『武士と言うものは、いついかなる時も常に死を覚悟して日々過ごしている。常に死と隣り合わせの人生だ。一刻とも気を許す瞬間がなく、寝てるときすらその日を覚悟しているわけだから、心から安心して寝たことは殆どない。(枕元に刀を置いて寝るという緊張感の中の睡眠を想像してみてください)
そして武士は死を恐れていては生きていけない。いつでもどんな時でも死というものを見つめながら生とする。死があってこその生であり、死ぬことを恐れて居たら生きられないし国は造れない。自分の命を代償にして世の中を作って行くと心に決めているのだから(契約のようなもの)武士は死を駆け引きにしている。
いつもいつも考えることは「私は最後どのようにして死を迎えるのだろう。それはいつなのだろうか。夢が叶った後だろうか、それとも夢半ばにしてこの世を去ることになるだろうか、戦で死ぬか、謀反で死ぬか、病で終わるのか。しかしいつその日を迎えようとも必ず後悔の念を持って死ぬことだけはあってはならない」という想いだ。いつ死を迎えるとしても慌てることなくその場を冷静に見つめることが出来るよう常に心に刻み付けて生きている。日々を大切に生きているのだ。明日死ぬかもしれない我が人生が決して悔いがないように、毎日の一瞬一瞬を大切に生きているのだ。それが武士の心掛けというものだ。』
つまり、そのように日々、こころの訓練をしているのだから、当然このような謀反が起こっても当日は慌てふためくこともなく冷静に状況を判断できたということのようです。
そして、その謀反がまさかの明智光秀だったということは信長さん自身も驚いたわけですが、全く知らなかったわけではなく、どこか心の片隅にそのような気配は感じていたとのこと。
でもさすがの信長さん、そんなことを感じていても相手を勘ぐったり試したりなどせず、それならそれでドンと構えて何も変わらず過ごしていたという感じです。
運命とは自分で創るもの、しかし死は避けられない天命。
最後の時は天が決める。どんな強い人間も贖うことができないのだ。
だから私たちはその日を怯えて迎えるのではなく、その日のために日々を大切に生きるべきなのです。
私は織田信長とコンタクトを取った時、なにかこの世の悟りを得た気分になりました。
彼らはただ自分の夢に向かってやみくもに突進しているだけではないのです。
覚悟を決めた人生なのです。
もちろん戦略とか人間的な野望はありますが、それ以上に、もっと悟りのような深い思慮の中で生きてる人たちなんだなぁと感じました。
彼らがいかに強いと言っても、歴史上の人物たちは信心深い人が意外と多いのです。
彼らは神や仏を信じています。織田信長もその一人でした。彼はとてもストイックな人です。
夢を持ちながら死に向かって必死に生きている。

夢と生と死
私たちは何か夢がある時、リスクや批判などを気にしてその夢を諦めてしまったり、途中でやめてしまったりしますが、そんな私たちのリスクとはケタ違いの彼らの「死」というリスクを考える時、自分は人生と言うものを本当に安直に考えていたと反省しました。
私たちもいつかは死にます。死は天命です。
死を怖がって逃げまどうのではなく、
死を覚悟して日々を悔いのないように生きる、
ことが賢い生き方なのです。
明日死ぬかもしれない、そう思った時、
それなら今日、何をしますか?
ボーっと過ごしていたら明日のその瞬間は必ず悔やんで苦しむことになるでしょう。
信長さんのように夢半ばでしかも裏切られて死を迎えるなんて最悪な状況での死でも、それでも
「あ、僕ってこういう最期なのね。しかも明智とはね。そういう結末だったか」
と、思えるような濃い人生を歩んでみたいと思いました。
日本の武将はこのような覚悟の中で人生を生きていますのでカッコいいんでしょうね。
英雄として語られる理由はここにあると思います。
私たちもカッコイイ生き方はできなくても、後悔する生き方はしないようにしたいですね。
天を信じて生きていれば後悔はありません。
天に任せて生きていれば悩むこともありません。
そして私たちは日々精進するだけで良いのです。
いつその日が来ても悔いのないように、
もし夢半ばでも、悔いがなければそれでよい結末なのです。
いくら夢を叶えた人でも、最後の瞬間に後悔だらけの心で死を迎えるとそれは幸せな人生だったとはいいがたいのです。
私たちは死を見つめ、悔いのない日々を過ごすことが大切です







