1. 仏教

私たちは恐怖映画の映画館の中で生きている

脅威の唯識世界

私たちは人生の楽しみとして映画を見たりします。
それは人生においての経験値になり、娯楽でもあり、情緒を豊かにして、スキルアップにもなります。

映画を見ている時はその映像に共感し、主人公と自分がリンクしてあたかもその世界に生きているように感じて凄くリアルですよね。

恐怖映画なら本気で怖いですし、SFならば超常世界を疑似体験できてスリルを感じられます。

でも映画館から出れば意識は変わり、恐怖や楽しみは無くなります。


実は人生も同じです。

人間の世界も映画と同じ、仮想現実です。


存在しない恐怖にあたかも存在しているかのように錯覚をし、まやかしの恐怖に共鳴してしまって、必要のない悩み苦しみを感じているだけのことです。

恋愛も同じです。
存在しない愛する人を愛し、嫉妬し、不安になり、苦しみます。

映画を見ている時と同じだと気づきませんか?



目の前の出来事と、スクリーンの映像と、私たちは変わりなく同じように認識して錯覚して喜び苦しんでいます。

映画を見てリアルな世界を過ごす2時間と、
目の前の物質現象を見て過ごす人生80年、

という違いなだけです。

唯識の考え方

仏教思想の唯識では、そのカラクリを解き明かしています。

この世は仮想現実。

私たちは、有りもしない現象を誤認して、その存在を認識し、錯覚の中で生きています。

誤認する理由

私たちは対象物を認識する時に、身体の機能である感覚器官が、見る、聴く、触る、感じる、臭う、というデータを取って脳へ伝達します。

その時に、その取り込んだデータを認識する際、
それまで体内コンピュータに保存されてきた今まで培ってきた経験値データと、新たに取り込んだデータと比べながら取り込む作業をします。

新データは、過去データを元に解析されますので、純粋な解析結果が得られないということになります。

例えば、過去データに「男性に騙されて悲しい思いをした」という経験データがある女性だとして、
初めて出会った男性なのに、男性を見るたびに過去データがうずいて、なぜか悲しい気持ちになってしまう、という状態に成ります。

なので男性恐怖症となって男性を信じられないということが起きます。

過去に水難の事故に遭った人が、水を見るだけで何故か恐怖を感じる、ということもあり得ます。

また、来たこともない場所でも、なぜか懐かしく感じる、ということもあります。

過去データが悪さをして、新しい現象を見ても純粋にそれらの本質を認識することができず、誤認して捉えてしまうというわけです。

この過去データは前世から引き継ぐ膨大な量のものですので、人間の感覚機能はかなり大幅に誤作動していると考えられます。

真実を見ることができない感覚機能

私たちが誤認して捉えている目の前の現象、目の前の人、目の前の出来事は、
真実を捉えていないということになり、

全ては自分が創り出した世界、誤認した世界、間違った解釈の結果、ということになります。



だから、今感じている悩み苦しみも、実際には存在しない物に対してのことです。

愛する人も、誤認作用の結果です。

私たち人間は真実を見るという感覚を失っています。

ですから、真実を見る目を持ち(智慧を持つと言う意味)、正しく物事を認識し、むだな苦しみを感じる必要がないということを知るべきです。


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